大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和40年(手ワ)2961号 判決

第一の事件原告、第二の事件被告(以下原告と略称) 喜多綱市

右訴訟代理人弁護士 中込尚

同右 小林勝男

第一の事件被告、第二の事件原告(以下被告と略称) 帝国石油株式会社

右代表者代表取締役 林一夫

右訴訟代理人弁護士 河本喜与之

同右 木下良平

主文

一、第一の事件の原告の請求を棄却する。

二、第二の事件につき

(一)  被告の原告に対する別紙約束手形目録(一)記載の各約束手形金支払債務の存在しないことを確認する。

(二)  原告は被告に対し、別紙約束手形目録(一)記載の各約束手形を引渡さなければならない。

三、訴訟費用は第一および第二のいずれの事件についても全部原告の負担とする。

四、この判決は原告に対して給付を命ずる部分(二項の(二))に限り、かりに執行することができる。

事実

(当事者双方の求める裁判)

第一の事件につき

原告(請求の趣旨)

被告は原告に対し金四、五〇〇万円および

内金一、五〇〇万円に対する昭和三九年四月二一日以降

内金二、〇〇〇万円に対する昭和三九年五月一日以降

内金一、〇〇〇万円に対する昭和三九年五月一一日以降

完済まで年六分の金銭を支払わなければならない。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行宣言。

被告

主文第一および第三項と同旨の判決。

第二の事件につき

被告(請求の趣旨)

主文第二および第三項と同旨の判決ならびに仮執行宣言

原告

被告の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決。

(当事者双方の主張)

一、第一の事件の原告の請求原因

(一)  被告は訴外みかど産業株式会社(以下みかど産業と略称する)に宛て別紙約束手形目録(以下目録と略称する)(一)記載の1ないし9の約束手形を振り出した。

(二)  右みかど産業は昭和三九年一二月一六日右各手形を訴外日本証券融資株式会社(以下日本証券融資と略称する)に対し白地式裏書によって譲渡し、同会社はその頃右各手形を更に原告に対し、白地を補充せず、そのまま交付して譲渡した。

(三)  しかして原告はその頃更に右各手形のうち1ないし3の約束手形三通(金額合計一、五〇〇万円)を訴外一誠証券株式会社に対して裏書譲渡し、8、9の約束手形二通の取立を訴外株式会社神戸銀行に依頼した。

(四)  そこで一誠証券株式会社は右1ないし3の各約束手形を原告は4ないし7の各約束手形を、株式会社神戸銀行は8、9の各約束手形をそれぞれの満期に支払場所において呈示したがいずれも支払拒絶を受けた。

(五)  原告はその後一誠証券株式会社から1ないし3の各約束手形、株式会社神戸銀行から8、9の各約束手形の返還を受けた。

(六)  よって原告は被告に対し右各約束手形金およびこれに対する各満期の翌日から完済まで手形法所定の年六分の利息の支払を求める。

二、第一の事件に関する被告の答弁と抗弁ならびに第二の事件の被告の請求原因

(一)  第一の事件の請求原因事実中、被告が目録(一)記載の1ないし9の約束手形九通を振り出したことは認めるが、みかど産業に宛てて振り出したのではなく、後記のとおり受取人欄を白地としたまま原告に交付して振り出したのである。その余の事実は争う。

(二)  1、原告主張の右九通の手形はいずれも原告ほか五名に対する詐欺被疑事件の証拠物として、昭和四〇年一一月二五日東京地方検察庁検察官により押収され、現在もなお同庁において保管されたままである。即ち原告は右各手形を現在所持していないから、第一の事件におけるこれらの手形金の請求はこの点において既に失当である。

2、被告は昭和三八年一二月一四日原告との間で、右九通を含む目録(一)および(二)の約束手形二〇通(但し、受取人欄はいずれも白地、金額合計一億円)につき、被告がこれらの手形を原告に交付するかわりに、原告が右各手形金額より、割引日から満期までの日歩五銭の割合による金利(割引料)を控除した残額に相当する金銭(割引金)を同月一六日までに被告会社営業所に持参して交付することを内容とする手形割引契約を結び、右約旨に従い割引依頼のため前記手形二〇通を原告に交付した。

ところが原告は被告に対して右約束の期日に前記各手形のうち、目録(二)記載の五通(金額合計二、五〇〇万円)の割引金として金二、三五一万二、五〇〇円を交付したのみで、第一の事件において原告が請求する前記九通の手形を含む目録(一)記載の手形一五通(金額合計七、五〇〇万円)については未だその割引金を交付しない。従って被告は原告に対し目録(一)記載の各手形については手形金の支払義務はない。

なお目録(一)記載の各手形には受取人として「みかど産業株式会社」なる記載がなされており、かつ第一裏書人欄には同会社の白地式裏書がなされているが、前記のとおり被告は右各手形を受取人欄を白地のまま直接原告に交付して振り出したものであって、みかど産業は被告の直接の相手方ではない。右受取人欄の記載は原告がこれをなしたものであり、右裏書は事実に反する無効の裏書であって、原告がみかど産業からこれらの手形の裏書譲渡を受けたものではない。

3、かりに右主張が容れられないとすれば、次のとおり主張する。

前記のとおり約束の一二月一六日までに原告から割引金の交付がなされなかったので、被告は原告に対し、翌一七日午前中に交付するよう履行の催告をした。

また他方被告において調査の結果、原告は前記各手形をいわゆる街の金融業者に対し、被告との約定割引率を超える日歩六銭ないし九銭の利率をもって割引依頼をしており従って被告に対し、約定どおりの割引金を交付する可能性の全く存在しないことが明白となった。

そこで被告は一二月一七日原告に対し、前記手形割引契約を解除する旨の意思表示をなした。

4、かりに右主張が理由がないとすれば、被告は次の理由によって前記手形割引契約を締結した被告の意思表示を取り消す即ち、原告は当初より目録(一)および(二)記載の手形二〇通全部に対する割引金を被告に交付する意思はなく、その一部についてのみ割引金を交付してその余の手形を騙取するつもりであったにもかかわらず、被告会社経理部次長川名克樹に対し、右手形二〇通を日歩五銭の割引料をもって割引をなす旨虚偽の事実を告げた。そこで同人は真実右手形全部について割引金の交付を受けられるものと誤信した結果、原告に対してこれらの手形の割引を依頼することとして前記契約を結んだのである。従って川名のなした右契約締結の意思表示は原告の詐欺による瑕疵ある意思表示であるからこれを取り消す。

5、以上いずれにせよ被告は原告に対して目録(一)記載の各手形金を支払う義務なく、原告はこれらの手形を被告に返還すべきである。

(三)  そこで被告は第一の事件につき1ないし9の手形金の支払を求める原告の請求の棄却を求め、第二の事件につき、被告が原告に対する目録(一)記載の二〇通の手形金支払債務の存在しないことの確認を求め、併せて原告に対しこれらの手形の返還を求める。

三、被告の右主張に対する原告の認否および反論

(一)  目録(一)記載の1ないし9の各手形が被告主張の(二)項のとおり東京地方検察庁検察官によって押収され、現在同庁において保管されていることは認める。

(二)  被告主張の(二)項2ないし4の事実は全部否認する。

(三)  被告は目録(一)および(二)記載の手形二〇通をいずれもみかど産業にあてて振り出したのであり、みかど産業は日本証券融資に白地式裏書の方法をもって譲渡して割引方を申し入れ、同会社は代金七、〇〇〇万円で割引を承認し、みかど産業に対し、右代金の一部支払として昭和三八年一二月一六日金二、六〇〇万円を、同月二三日金二〇五万円を支払ったほか、従前両者間の貸借より生じたみかど産業の債務を金一、〇〇〇万円と協定し、これを右支払に充当した結果、合計金三、八〇五万円の決済をすませたのであるが、その後原告はみかど産業に対する日本証券融資の右残代金支払債務を引き受けることとしたため、同会社は係争手形を原告に引渡の方法をもって譲渡したのである。なお目録(一)記載の1ないし3および8、9の各手形のその後の権利移転の経過は第一の事件の請求原因(三)ないし(五)項に記載したとおりである。

右のとおり、原告は目録(一)記載の各手形の正当な権利者であって被告は債務者であり、もとより原告が被告に対してこれらの手形を返還すべきいわれはないから、第二の事件において右債務の不存在の確認を求め、かつ原告に対して手形の返還を求める被告の請求は失当である。

(証拠)≪省略≫

理由

一、先ず、第一の事件(昭和四〇年九月二二日訴提起)における原告の請求たる別紙約束手形目録(以下目録と略称)(一)記載の1ないし9の各約束手形金の給付請求と第二の事件(昭和四〇年一〇月一日訴提起)における被告の請求中右各手形債務の不存在確認を求め、かつこれを前提として原告に対し手形の返還を求める部分とは重複し、後訴は民事訴訟法二三一条に規定するいわゆる二重訴訟ではないかとの疑いがないわけではないので考えてみるのに、給付の訴が棄却されても必ずしも請求権の不存在が確定されるわけではないから、同一請求権に関する給付の訴と消極的確認の訴とは必ずしも訴訟物を同じくするとは云い難いし、また、本件のように両訴を併合審理する以上訴訟経済に反することも、裁判の矛盾を生ずる懸念もないから、前記法条の禁ずる二重訴訟の場合ではないといって差支えない。以上の理由により、当裁判所は第二の事件の前記部分も不適法ではないと考える。

二、すすんで第一の事件および第二の事件の各請求原因の当否について判断する。

(一)  先ず、第一の事件につき、被告は、原告はその請求にかかる目録(一)記載の1ないし9の各手形を所持しないから右各手形金の請求は許されないと主張するので考えてみる。右九通の手形が昭和四〇年一一月二五日東京地方検察庁検察官により原告外五名の詐欺被疑事件の証拠物として原告方において押取され、未だ原告に還付されていないことは当事者間に争いがない。ところで刑事訴訟法の規定に基く押収により手形所持人の手許から手形が裁判所等の保管に移された場合には右手形に対する所持人の私法上の所持はいまだ喪われていないものと解するのが相当である。けだし、右裁判所等による手形の保管はもっぱら刑事司法の必要上、刑事訴訟法の定める手続に従ってなされる公法上の関係であって所持人の意思に基くものでないことはもとより、同じく公権力の行使による場合といっても民事訴訟法の規定に基く権利の保全または実行上の処分の場合と異なり、手形所持人の実質上の権利の制限ないし消滅を来す私法上の効果を生ずるものでないから、その私法上の関係は別個に考察するのが適当だからである。本件の場合、前記九通の手形が押収される前原告においてこれらの手形を所持していたことは右押収の事実自体に照して明らかであるから、前段に説示したとおり、これらの手形に対する原告の所持は未だ喪われていないものというべきである。

被告の前記主張は採用できない。

(二)  次に、被告が目録(一)記載の各手形を振り出したことは、その相手方が訴外みかど産業株式会社(以下みかど産業と略称する)であるか原告であるかは別として、当事者間に争いがない。

ところで原告は右振出の相手方はみかど産業であると主張し、被告は、原告に対して直接これらの手形の割引を依頼して振り出したのであると主張する。

(1)  そこで右振出の原因関係について考えてみるのに、≪証拠省略≫によれば次の事実を認めることができる。

昭和三八年一二月上旬頃、当時被告会社の経理部次長であった訴外川名克樹は右会社の資金調達の必要に迫られ、かねて被告会社に出入りしていた金融ブローカーの訴外高取亮直および同人から紹介された荒井彦こと訴外久保厳の両名に対し、被告会社振出の約束手形金額合計一億円の割引先を斡旋してくれるよう依頼したところ、同月一三日、割引金利を日歩五銭として、訴外不動信用金庫から割引をうけられるとの報告に接したので、右両名の指示に従い、金額、各金五〇〇万円、受取人欄白地、その他の要件事項の記載は目録(一)および(二)のとおりの同各記載の約束手形二〇通を作成して用意した。ところが翌一四日高取の連絡により、割引先が三菱信託銀行日本橋支店に変更されたというので川名は右各手形を持参して同支店へ赴き、二階会議室において、割引の商談および手形の授受をする段取となってから、割引先は右銀行ではなく同支店の大口預金者たる原告であることが判明した。川名は手形の割引先が久保の話と違って銀行でないので、ためらったが、久保らのとりなしもあり種々思案の末、結局、原告に割引を依頼することに決心し、前記二階会議室において久保から引き合された原告の前のテーブルの上に前記各手形を差し出し、原告に対して依頼の言葉を述べた後部屋を出て帰社した。なおその際久保は原告同席の上で、割引金利は日歩五銭とし、割引金は同月一六日午前一一時までに被告会社へ持参する旨述べたので、川名は原告から確実に割引金の交付を受け得るものと考え、当初からの斡旋者である久保から前記荒井名義の預り証を受け取った。一方前記各手形は久保がとり上げてこれを原告に手渡し、原告がその事務所へ持ち帰った。みかど産業代表者訴外佐渡谷里子も当時久保らから被告会社振出手形の割引仲介につき相談を受けていたが、久保らから以上のいきさつを聞き、かつ、原告から連絡を受けたので同月一六日午前原告の事務所に赴いたところ割引の都合上必要であるとの原告の依頼があり、前記各手形の第一裏書欄にみかど産業名義の白地式裏書をした。同日川名は久保から前記各手形の受取人兼第一裏書人を便宜上みかど産業とするから、もし第三者より被告会社へ手形について照会がなされたときには、被告会社がみかど産業所有のビルを買い受けたこととし、その代金支払のため本件各手形を振り出したものとして応答されたい旨の連絡を受けた。同日原告と佐渡谷が訴外近藤商事株式会社で換金した目録(二)記載の五通の手形の割引金として金二三、五一二、五〇〇円を同日午後六時頃高取と久保が被告会社に持参して川名に交付し、残金は翌一七日まで待って貰いたいと申し出たので川名はこれを了承した。別に、穀物取引等を業とする訴外岩間造酒乏介は原告から目録(一)記載の各手形の割引方を依頼されていたので、同訴外人および原告その他関係人らが右一七日午後訴外三井信託銀行本店に集ったが、その前日である一六日川名は右岩間から右手形の振出確認の照会を受けており、一七日午前中に岩間を訪問した際、岩間から自分のところで再割引をするとすれば到底日歩五銭の低金利では不可能であること、従って原告にこのまま手形を保持させておくことは危険であるとの忠告を受けたので、川名は原告から手形を取り戻すべく、岩間の協力を求めた上で、右三井信託銀行本店での会合に同席し、その席上で原告に対して、約束の期限を過ぎたことを理由として割引依頼を取り止める旨述べ、手形の返還を求めたが原告との間に争いとなり、結局これら目録(一)記載の各手形については返還がなされず、かつ、いずれも原告から被告に対して割引金の交付がなされないまま、既に各満期を経過した。

以上の事実が認められ、≪証拠省略≫中上記認定に反する部分は採用しない。右認定の事実によれば、昭和三八年一二月一三日原告と被告会社代理人川名克樹との間で、被告は原告に対して目録(一)および(二)記載の各手形(但し受取人欄は白地)を交付しておき、原告から右各手形金中、右同日以降各満期までの右各手形金額に対する日歩五銭の金利を控除した金員の交付を受けたならば、右各手形をその受取人欄の白地補充その他形式の具備方法を被告に委任することによって譲渡するといういわゆる手形割引の依頼をしたものであって、これに基き、右各手形が川名から原告に交付されたものというべきである。

(2)  原告は、本件各手形は被告からみかど産業に宛てて振り出され、みかど産業から日本証券融資へ白地式裏書により譲渡され、同会社から原告が引渡の方法によって譲渡を受けたと主張し、証人丸山喜代子および原告が右主張に副う供述をするほか、本件各手形には受取人欄にみかど産業株式会社と記載され、第一裏書欄に同会社の白地裏書がなされていることは前記のとおりであり、また、原本の存在および成立につき争いのない甲第一〇号証にはみかど産業名義日本証券融資宛に被告会社振出約束手形金額一億円の割引代金の内金として七、〇〇〇万円を領収した旨の記載がみられる。しかしながら、前記のとおり、本件各手形はもともと受取人欄は白地のまま原告に交付されたものであるが、その後原告において他で割引換金する都合上、みかど産業所有のビルを被告において買い受けた代金支払のための商業手形たるを装うこととして、みかど産業の代表者たる佐渡谷里子に裏書を依頼したものであって、受取人欄の記載もその機会になされたものと推認され、≪証拠省略≫によれば、甲第一〇号証は昭和三九年二月頃に原告の依頼に基いて佐渡谷が作成した内容架空のものであって、原告およびその主宰する日本証券融資とみかど産業との間においては、なんら本件係争手形授受の原因関係が存在しないことが認められるから、本件各手形の記載上受取人がみかど産業となっていることおよび甲第一〇号証の存在をもって、本件各手形の授受が直接被告と原告との間でなされたとする前記認定を妨げるものではないし、また、原被告間における前記直接の手形割引依頼の効果に影響が及ぶものでもない。

証人丸山喜代子の証言および原告本人尋問の結果には原告の前記主張に副う供述部分があるけれども、右証言および原告本人尋問の結果自体によっても、原告が前記三菱信託銀行日本橋支店二階会議室において被告会社川名経理部次長と面談し、理由はともかくとして、結局(一)、(二)記載の各手形を自己の主宰する日本証券融資に特ち帰っていることおよび右会合にみかど産業代表者佐渡谷は出席しておらず、却って被告会社の川名が出席して被告会社が最終の資金需要者であることを説明していることが明らかであり、これらのことと対比すれば、原告が右のように各手形を事務所に持ち帰った理由として、右会合を散会した後、改めて久保からみかど産業代表者佐渡谷からの同会社のためによる割引依頼のものであると話されてこれを信じ、前記各手形を日本証券融資代表者として預かった旨の供述部分は前記銀行会議室での会合の模様等からして甚だしく不自然であるばかりでなく、みかど産業に対する割引金決済の方法および予定期日に関する供述部分も、当然原告が知っている筈の被告会社の資金調達の目的に反することからみても、さらに、みかど産業の前記各手形割引金受領証の形式を具えた甲第一〇号証も未だ交付されていない多額の金員が受領ずみとして記載されているなど内容が真実と異なる旨の原告供述部分があることからみても、これまた不審な点があり、他に≪証拠省略≫その他原告の全立証によるもこの点の原告主張事実を認めるのに足りる心証を得ることができないのであって、これを要するに、原告の前記主張に副う部分の前記丸山証人の証言および原告本人尋問の結果はその供述自体において不審な点があるのみならず、前掲各証拠に照しても到底採用できず、他に前記認定を覆えすのに足りる証拠はないとするのほかはない。

(三)  以上のとおり、本件係争手形について原、被告間で直接前記(二)の(1)の如き手形割引の依頼がなされたものでありかつその契約の趣旨からすれば、被告は目的の割引金の交付がない間はいつでもその割引依頼を解約できるものであり(その解約が不当であればそのために原告が受けた損害の賠償その他について被告に別個の責任は生じ得るが、その責任はここでは別問題である)また、原告において遅くとも各満期の前日までに割引金を交付することなく、これを徒過すれば、右割引契約は目的を失って終了し、被告が原告に対して手形金の支払義務のないことはもちろん、原告は手形を被告に返還すべきものといわねばならない。けだし、原告がみずから割引金を出金する場合であると、また他に割引方の再依頼をする場合であると問わず、前記手形割引依頼は被告会社がその信用を利用し、所定の期日または満期までの間、所定の金利を払って金融が得られるよう原告に出金または金策の協力を委託したものであり、未だ所期の割引金の授受がない間は単純な委任契約に類するものというべきであり、被告は資金需要がなくなった場合等において、原告は割引資金調達の見込または割引先の目当がなくなった場合等においていずれからも、何時でもこれを解約しうるものであるのみならず、また右各期間を経過してはもはや右金策の目的を達し得ないことも明らかであるため、この場合においても、他に特段の事由のない限り、右依頼のための契約は当然終了するものとし、以上の各場合には原告はその預った手形を被告に返還すべきものとする旨の暗黙の合意が右契約自体に包含されていると解するのが相当だからである。

(四)  しかして、原告において目録(一)記載の各手形につき、被告に割引金を交付することのないまま、被告代理人の川名が前記のとおり割引依頼を解約したのみならず、また同様にしてこれらの手形の満期が到来したことは前記のとおりであるから、その他の点について判断を加えるまでもなく、これらの手形については被告において原告に対し、各手形金の支払義務がなく、かつ手形の返還を求め得ること明らかといわねばならない。

三、よって第一の事件において目録(一)記載の1ないし9の各手形金の支払を求める原告の請求は失当として棄却を免れず、第二の事件において目録(一)記載の各手形につき被告の原告に対する各手形金支払債務の存在しないことの確認と右各手形の返還を求める被告の請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 畔上英治 裁判官 藤原博雄 佐藤安弘)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例